月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号 『うつら』を読む〈後編〉

月刊俳句ゑひ
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 前編では、5句目に置かれた「三月のスプーン先月より深い」を例に、上原温泉の作品における初見での難解さを紐解き、俳句の世界の常識や、季節に私たちが持つ一般的認識がどのように上原作品の中にも見られるかを説明しました。続いて後編では、他の句も取り上げながら、さらに作品の面白さに迫ってみたいと思います。読者のみなさんも、前編を踏まえながら「連想ゲーム」のようなイメージの広がりに、ご自分で歯止めをかけることなく、どんどん想像を広げて楽しんでみてください。

 今回は、今後の上原の作品を楽しむための一助ともなるよう、初回としてはあえて少し難解な句を取り上げました。今その句がわかっても、わからなくても、最後にはちょっとわかるようになれるはず。諦めずに読み進めていただけるとうれしいです!

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パンジーを本に挟みてより悪夢

 パンジーという花は、春に咲く花の中でも極めて鮮やかで目を引く色をしています。品種にもよるでしょうが、多くは花びら(花弁)の外周にビビッドな明るい色、しべのある中心部分に暗い色が配されています。学校などにも植えられ、明るい感じもする花ですが、色の組み合わせによってはどぎつく毒々しい印象を持つこともあるかもしれないですね。個人的には、パンジーはあまり長い時間愛でる花ではなく、少し見ると飽きたり疲れたりするものだと思っています。

 句の意味は、本を読みながら寝落ちしてしまった光景を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。押し花のようにパンジーをしおり代わりにしたところ、その後眠たくなってしまった作者ですが、その後見た夢はなぜか悪夢であったといいます。でも、ここまでのパンジーという花の有様を踏まえてみると、なんとなく納得できる気がしませんか。パンジーくらい肉感のある花だったら、本の間に挟むと花の色がページに移りそうにも思えます。そのようにして夢の中にもパンジーは影響を及ぼしてしまった。そんな想像ができる俳句です。筆者がパンジーに抱いていそうなイメージを(読み手自身のイメージも考え合わせながら)想像することで、句の意味がわかってきます。ただし、夢にパンジーが影響してくるというのは新しい発想です。既存のイメージを深めて、独自性がにじみ出てきたような作品と言えるでしょう。

大蒜先輩流し目寄越すなり

 俳句の言葉解説記事(noteで公開中)で、「大蒜先輩」が造語であることには触れました。俳句でも造語を使うことはできますが、それが成功するかどうかは、時と場合によります。季語に関わる部分では、特に造語に対する風当たりは厳しく、うまくいく可能性がかなり低くなります。季語というものに対する理解が十分ないと、ただ奇をてらっただけ、言葉遊びに終わってしまうことが多いのです。そんな中で、この俳句の造語はしっかりと機能しています。まずは先ほどの俳句と同様、にんにくという季語について考えてみたいと思います。
 にんにく(大蒜)はみなさんがご存知のとおり、年中どんな料理にも使える食材で、生の食材の臭み消しといった調理上の目的で使用することもありますが、食べごたえが増したり、スタミナがついたりするイメージがあります。日常生活では、餃子やラーメンなどのどちらかというとジャンキーな食べ物で認識することが多いでしょうか。洋食でもスライスを使いますが、あれはどちらかといえば「ガーリック」という感じ。そういう背景で「にんにく」というと筆者のイメージは下の写真です😇。

二郎系ラーメン

 では「大蒜先輩」とは、どんな人物やどんなもので、どんな印象を持ちますか?

 筆者が想像したのは、ちょっといかつい感じの「兄ちゃん」。高校の先輩で、独特の髪型や学ランで身を固めており、眉が薄かったりしそう。同じような見た目の仲間といて、それ以外の人に対しては声をかけづらいオーラを出している、みたいな人です。筆者はそんな人と、たまたま学校近くのラーメン屋で出会ったような場面を思い浮かべました。近づきがたい人に、そこそこ近くで顔を合わせることになってしまって、ちょっときまずい。その気まずさは向こうも同じだったのでしょう。だから「流し目寄越」して距離を取ったのです。

 さて、ここまで読んでいただいてお気づきかもしれませんが、にんにくが春の季語だという話は一切しませんでした。この造語がより句の中で効果を発揮するとしたら、春の季節感も感じられるフレーズと同居したときでしょうか。前編や次の句の解説を読むとなんとなくわかるかもしれませんが、季節のイメージをフレーズから立ち上げると、読みにさらなる深みを与えてくれます。これは上原への宿題ということにしておきましょう。

ふらここは砂場の味がする鎖

 この句を読んだとき、どう意味を取ったら良いかちょっと悩む方が多いように思います。それはこの「構文」が、俳句をつくる人にとっても、日常の日本語としても、どちらもあまり一般的ではないからです。俳句には、俳句でしか使わない文型や構文のようなものがあります。例えば切れ字という「や」「けり」などの助詞を使うことで、決まった感慨を句に生じさせるというような場合ですが、この句はそれに当てはまっていないため、どういう意味で言葉同士がつながっているのか、誰が読んでもわかりにくいのです。

 では上から読んでみましょう。「ふらここ」はブランコのこと。「~は砂場の味がする」まで読むと、何らかの理由でブランコの味を理解した作者が、それを砂場の味だと把握したのだという句なのかな、と思うでしょう。しかしその後「鎖」という言葉に突き当たると戸惑います。2通りの解釈があり得るからです。

 1つは、「~味がする」までをひとかたまりとする読み。この読み方をすると、ブランコは砂場の味であることを知ったということと、鎖というものの登場を無関係に提示していることになります。俳句の用語で言えば、「味がする」で一旦「切れている(意味が完結している)」という読み方です。2つめは、「ふらここは」の「は」を「とは」という意味だと考える読み方です。こちらの読み方では、「ブランコとは、砂場の味がする鎖である」という意味になります。でもどちらにしてもよくわからない? 少々お待ちください。少しずつわかるようにしていきます。

 どちらにしてもブランコに砂場の味を見出したことには変わりありませんね。これはどういうことか。なぜブランコの味がわかるのか。幼少の頃にブランコに乗った時のことを思い出すと、読み解きのきっかけが得られるかもしれません。ブランコで遊んで降りたあと、手についた鎖(手で持つところ)の金属の匂いを嗅いだことはありませんでしたか。金属の匂いだけではなく、ブランコで遊ぶ前に砂場で遊んでいたら、その匂いも混ざっているかもしれない。ブランコの下には柔らかい砂地があることが多いので、風で巻き上がった砂の匂いが感じられることもあるでしょう。句の中では若干言葉足らずですが、私はこれを「ふらここは砂場の味がする」の意味と解釈しています。「味」という表現は、子どもであるから鎖を舐めてしまったという解釈でも、「風味」として鼻で感じたという解釈でも良いでしょう。

 先ほど問題にした2つの読みのうちの1つ目は、これに「鎖」というものをぶつけているという解釈です。無造作にこの単語が置かれることで強い印象となり、子どもならではのブランコの把握を、あたかも「鎖」というもので閉ざしたり縛ったりしているような印象を受けるでしょう。ここから暴力性のようなものを読み取ることも可能です。

 もう片方の読みは、いわば「ブランコ=砂場の味の鎖」という構造ですが、この把握の独自性はブランコを鎖と捉えているところです。ブランコに鎖はありますが、ブランコを鎖とは言いませんよね。もうブランコで遊ぶ年頃ではなくなってしまった作者が、昔を振り返りつつブランコを眺めていて、あれは「鎖」のようなものだったなぁと思った。鎖というと縛るものという感じがしますが、同じ場所をずっと行ったり来たりしている遊具の特性から、自分の行動を縛り付けていたものだと捉え直したのかもしれません。

 2通りの読みをご紹介しましたが、どちらにしても句の深い部分の感慨は、遊具に対して作者が抱いた窮屈さというところに繋がりそうです。ここからは、春愁、はるうれいの気分が感じられます。いろいろな読みが出てくることを一般的な俳句社会では嫌いますが、根っこがしっかりつながっているこの句では、問題にならないでしょう。

奥に手を突つ込み独活の山くすぐる

 最後に取り上げるこの句は、独活の収穫法と、春という季節の一面である、セクシュアルなイメージをもとに解釈すると、深い読みにたどり着けると思います。鑑賞を提示することは、ある種の補助線を鑑賞に与える行為ですが、その分だけ読みの自由度を狭めてしまうこともあるので、この句の鑑賞については、あとは読者の皆さんにおまかせします。


まとめ――言葉のイメージを膨らませてたどり着ける世界

 上原温泉の俳句は、一見すると意味の分からない言葉のつながりに見えるかもしれませんが、その複雑さを、季節や季語それぞれのイメージを踏まえながら丹念に読み進めると、多くの人にとっての共感ポイントが潜んでいます。そしてさらに、今まで俳句で詠まれてこなかったような感慨――例えばバンカラな人と居合わせる居住まいの悪さや、幼少期の不自由さなど――まで到達できるところが魅力です。今回は、今後の上原の作品を楽しむための一助ともなるよう、初回としてはあえて少し難解な句を取り上げました。この記事を活かしつつ、今回触れることができなかった他の16句、そして今後の上原作品もお楽しみいただけるとうれしいです!

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