(短編)先生のいない一週間【千返万歌〈第3回〉】

千返万歌
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先生のいない一週間

作:若洲至
編:上原温泉

お出口は海側ですと空耳が外房線の各駅で云ふ
                 若洲至

 斎部いんべ先生が突然、いなくなった。

 斎部先生は、今年来た新任の先生だ。僕たちの担任だけど、先生というより年の離れたお姉さんみたいな感じだ。いつでも明るくて、朝教室に入ってくるときの足音まで楽しげに聞こえる。しかめっ面のおじさん先生も、怒ると怖い前の担任のおばさん先生も、斎部先生の前ではいつも笑っている。僕たちはうるさい学年だって言われていたから、新しい先生になったときは落ち着きのないクラスになるかと思っていたけど、そんなことはなかった。むしろ僕は先生が担任になって、去年の教室より少し楽しくなったと思っている。

 そんな先生が急に休んだから、みんなあれっ、って思った。月曜日の朝の会には、代わりに教頭先生がやって来た。みんなで先生についていろいろ聞いたけど、何もしゃべってくれなかった。次に来た一時間目の先生にも、二時間目の先生にも聞いたけど、だめだった。僕はその日中、窓の外を見ながら先生のことを考えていた。

 クラスのみんなは、別の先生たちが来るたびに、なんで先生がお休みしているのかと問い詰めた。先生たちはみんな、来週には戻ってくるから、とだけ言って詳しく教えてくれなかったけど、それでもちょっとずつわかってきた。どうやら先生は急に呼ばれて、四国の徳島県まで行っているらしい。でもなんで急に行かなきゃいけなかったのかは、やっぱり聞けなかった。

 火曜日になっても、水曜日になっても、先生は帰ってこなかった。とにかくどうしても一週間は戻って来ないらしい。他の先生たちは、来週には戻ってくるからと繰り返し言うだけだった。

 先生たちがずっとそんな調子だから、クラスのみんなもだんだん探偵ごっこに飽きてきて、木曜日くらいには話題にもしにくくなった。でも僕にとって、かわるがわる来る他の先生たちの授業は何かが違って落ち着かない。まるで波の立たない海を見ているみたいだ。

――私たちの住んでいる千葉県南部は、江戸時代時代が終わるまで「アワ」と呼ばれていました。千葉県になる前の話です。それよりも昔、まだこのあたりに名前が付いていなかったころ、今の徳島の方から黒潮に乗って船で流れ着いた人たちがいるんだそうです。徳島も昔は「アワ」と呼ばれていたので、故郷を懐かしく思う彼らが、このあたりのことも同じ名前で呼ぶようになりました――

 そんな、いつもと違う一週間が終わり、また月曜日がやってきた。朝の教室に聞き覚えのある足音が近づいてくる。そして斎部先生は戻った。先生は朝の会で急にいなくなったことを謝ったけど、その理由を自分からは言わなかった。

 休み時間になり、不安だった気持ちを晴らそうとみんなが集まってきて、先生の机の前に人だかりができて、いったい何があったのかと口々に尋ねた。先生は困ったような顔をしながら、新幹線に乗ったこと、お母さんやいろんな親戚と会ったこと、お父さんに挨拶したことなどを話していた。「そっか、先生は、お父さんやお母さんに会いに行ったんだね!」と誰かが言うと、先生はうなずいた。

 僕は、わかった気がした。先生にとって「会う」のと「挨拶する」のは、きっと違う。先生の悲しみを、僕は知ったんだ。

* * *

風に干す鳴門若布に打たれても父よあなたは泣くなと言うか
                      上原温泉

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