ぐんぐんばらばら【月刊 俳句ゑひ 水無月(6月)号 『贈る』を読む〈中編〉】

月刊俳句ゑひ
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 こちらの記事は、月刊 俳句ゑひ 水無月(6月)号の『贈る』(作:上原温泉)を、若洲至が鑑賞したものです。まずは下の本編、及び〈前編〉をご覧ください!

<前編リンク貼る>

『贈る』の特徴:オノマトペ

 続いては、上で見た特徴を、その特徴を持つ句を一つずつ見ながら確認していくことにします。今回は特に大きな特徴として「オノマトペを用いている句」に着目します。次の句を扱います。

④どくだみへ親のぐんぐん入り込む
⑥夏ぐにやりすつぽんの目は水の辺を
⑬犬困る噴水ぱつと消えたれば
⑲せまくるしくて水中花ばらばらに

「ぐんぐん」と「どんどん」

どくだみへ親のぐんぐん入り込む

 どくだみの茂っている(咲いている)日陰の茂みの中に、親(父親でも母親でも両方でもOK)が足を運び入れている様子を捉えた句です。上の4句の中だと、比較的馴染みやすい方の句だと思います。情景が浮かびやすく、季語もわかりやすいですし、またオノマトペにもそれほど違和感なくついていけると思います。

 「ぐんぐん」は、育つ・伸びる・上るなど、上方への移動の程度が大きいことを感じさせる擬態語です。加えて、染み込む・上達するなど、深化していく感覚にも沿うように思います。今回の句では深化の感覚が伝わってきますね。

 「ゑひの歳時記」でも触れたのですが、この句を見たとき筆者が思い出したのは、「ユリイカ(サカナクション)」でした。親とどくだみ、二つの要素が重なっているのですが、この句からは歌とは全く違うものが読み取れます。

 決定的なのは、句の中では親に対する情感が一切省かれている点です。そこには「ぐんぐん」というニュートラルなオノマトペが深く関わっています。

 草刈りなどのためだとして、「親」がどくだみの茂みの中を突き進んでいたら、どんな感じがするでしょうか。子の立場から見て心配になったり、あるいは突き放して冷ややかに見てみたりするかもしれません。しかし「ぐんぐん」ではどう感じているのか、判然としません。

 これが「どんどん」だとちょっと違います。この擬態語の場合は、迷いなくわき目も振らず、目的意識を持って入っていく印象になります。すると親との距離が遠ざかることが強い印象を残し、読者には置いていかれる不安感や寂しさ、あるいは何らかの理由からくる猟奇性が感じられないでしょうか。

 一方「ぐんぐん」では、入り込んでいく様子が客観的に描かれている感じがし、どこか結果論的な述べ方です。「ぐんぐん」は、ただその深みに入っていく親を眺めているということだけが伝わり、どんな目を親に投げかけているのか、といったウェットな情報ををぼかす効果があるオノマトペなのです。

「ばらばらに」どうなる?

せまくるしくて水中花ばらばらに

 間の句は一旦後回しにして、19番目の句に飛びます。この句は、水中花(ゑひの歳時記参照)が器の中に窮屈そうに花を開いている様から発想したものでしょう。ガラスの内側に触れて曲がってしまうなどしているうちに、花弁や茎がバラバラになってしまったのでしょうか。これ自体は事実ではないかもしれませんが、窮屈な環境が精神に負荷をかけることなども思い浮かび、心象にもつながる魅力的表現です。

 ここでは、俳句でオノマトペが果たす重要な役割について触れておきましょう。それは動詞が省略できるということです。

 句の鑑賞を先出ししましたが、皆さんも違和感なくばらばらに「なった・なっている」という動詞を補完して読むことができたのではないでしょうか。「ある」「いる」「なる」「変わる」など、特に簡単な動詞を省略したいときには、オノマトペは絶大な効果を発揮します。ちなみにこれは、独自性のないオノマトペのときにのみ使える技です。次の句などの場合、そうは行きません。

ロンロンと時計鳴るなり夏館  松本たかし

 時計が鳴るオノマトペというと何でしょう。針の動く「チクタク」、ベルの鳴る「リンリン」が浮かぶかもしれません。あまり馴染みのない表現ですが、大きな置き時計の場合、この句にあるような「ロンロン」や「ボーンボーン」と形容できる鳴り方です。

 ただし「ロンロン」というオノマトペが一般的ではないがゆえに、「ロンロン」と「時計」という言葉だけでは、さすがに時計の何の音や様子か確定できないように思います。そこで「鳴る」や「夏館」という動作・場所を付加して、ロンロンというオノマトペの良さを際立たせているのです。


 次回は残る2つの句に着目し、さらにオノマトペの読みを深めていきます。

〈補足〉文中で用いた俳句の番号は下記の通りです。

①十薬の庭に開かずの蓋があり
②十薬を抜いて賃貸料上げて
③十薬の要は業者のみ知ると
④どくだみへ親のぐんぐん入り込む
⑤どくだみを抜くどくだみが好きだつた
⑥夏ぐにやりすつぽんの目は水の辺を
⑦柵に折る上半身が滝の側
⑧白靴へ寄る白靴を恥ぢながら
⑨万緑の中に知人の混みあへる
⑩大きな木くわくこう居ても居なくても
⑪客ありてメロンスイカと繰り返す
⑫分度器と定規ときどき目高減り
⑬犬困る噴水ぱつと消えたれば
⑭ハンカチに差が出る夏の月が出る
⑮タッパーを持つて白夜を漕いで来ぬ
⑯下りて行く店下りて行く水中花
⑰丸椅子に小さき背もたれ水中花
⑱部屋すこし傾いてをり水中花
⑲せまくるしくて水中花ばらばらに
⑳こんなにもひらく水中花や贈る

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