ゑひ[酔]では、毎月各メンバーが20句ずつの「連作」を発表することにしています。現在は月の終わりに設定しており、初の作品は4月30日に公開済みです。
ところで連作とは、そもそも何なのでしょうか? 俳句をたくさん並べて、いったい何をしているの? どのように読めばいいの? 作りたくなったらどんなことに気をつければいい? このページでは、そんな俳句の連作について、徹底解説していきます!
連作=俳句or短歌×一人×主題×「特別な味わい」?
「連作」を広辞苑で引くと、次のようなことが書いてあります。
れん-さく【連作】
①毎年同じ土地に、同じ作物を続けて植えつけること。⇔輪作。
②文芸・美術などで、同一のモチーフやテーマを追求して一連の作品を作ること。また、その作品。複数の作家で行うこともある。
③和歌・俳句において、一人が同じ主題で数首または数句をつらねて、全体として特別な味わいを出そうとする作り方。また、その作品。
無論、俳句の連作は③になります(辞書の説明を読んだことはなかったのですが、俳句が名指しされているとは思いませんでした)。これによると、短詩(俳句・短歌)の連作には、総じて次のような特徴があります。
このうち3つ目に挙げられた、「複数句があること」は連作の大前提ですが、それ以外の3つには複数句が並んでいるからこその特徴や、他の発表形式との区別の意味合いがあります。
特徴1:一人で作る
短詩の連作では、一人で作ることが多いようです。その背景には、連歌や返歌の文化があるように思います。
連歌とは、五・七・五・七・七の和歌の形式を使って複数人で作る詩のことで、五・七・五の上の句、七・七の下の句を交互に別の人が詠んでいくのが特徴です。最初にAさんが上の句を詠んだら、そのフレーズや内容を受けて、Bさんが下の句を作り、その内容を踏まえてCさん(またはAさん)が再び上の句を作り……という形で進行していくのが一般的です。これは広い意味で言えば複数の和歌が連続した詩の形式ですが、通常連作と呼ばれることはありません。
一方返歌は、和歌一首を単位としてやり取りを重ねる形式です。平安時代の恋愛に和歌が重要な役割を果たしていたというのは有名ですが、一方が恋情を歌に乗せてラブレターのように相手に送り、それに対しての返事をまた歌に込めて返すというのが、互いに顔を見ることさえはばかられた時代の男女関係のはじまりの基本的な形でした。返ってくる歌が前の歌を肯定的に(上手い・素敵だなど)受け止めていること、そしてこのようなやり取りが成立すること自体を、関係の成立の前提としていたのです。現代でも歌のやり取りをし合う文化はあるはずで、この場合もまた短歌の連なり合う詩の形式ですが、連作とは呼ばれません。同様に、俳句にも返句という文化がありますが、これも「相手とのやり取りを前提としている」という点が重要なので、連作とは言いません。
こうしたものと短歌・俳句の連作を区別するキーの一つが、一人で作るという部分なのでしょう。ただし、俳句の世界には複数人で連作を作ることもあります。調べたところでは「俳句賞『25』」という高校生向けの大会があり、25句を複数人のチームで並べる連作を作るようです。連作は一人で作るものだ、というイメージは、今後変化していくかもしれません。
特徴2:同じ主題を持っている
複数の辞典や事典によれば、主題という言葉はドイツ語 “Thema” の訳語として生まれたようです。全体に統一感を与えるために設定される表現の目標となる思想の内容があるかないかが、連作と扱えるかどうかの差になるようです。
確かに多くの場合、俳句の連作を提出するときには、タイトルをつけることを求められます。月刊俳句ゑひ卯月(4月)号でも、上原作品には『うつら』というタイトルがついていますね。ここから想起できることが連作の主題であろうと、読み手は想像することができます。実際、「春の夢」「眠る」「悪夢」といった眠りに関係する言葉が並んでおり、全体にも力の入っていない緩やかな雰囲気を漂わせている連作なので、主題による結合は一つのポイントと言えるでしょう。
ただ実際には、主題から決めて連作の制作に取り掛かるということはあまり多くないかもしれません。これは後ほど、このページの下の方で述べる、「連作を作るときのポイント」にて明らかにしていきます。
特徴3:全体として「特別な味わいを出そう」としている
辞書の説明でもっとも抽象的なのが「特別な味わいを出そう」としている、という部分。これはいわば、「文脈」によって俳句の意味を安定させたり、膨らませたりしようとすることを指しています。単純には、時系列や空間の移動を示すなどの例がありますが、より細かな事例として、次のような場合を考えてみましょう。
頷けば首が重たし四月馬鹿
月刊俳句ゑひ卯月(4月)号『無題1』(若洲至)の一部(ルビは筆者)
犬十数回転花の昼なれば
1句目「四月馬鹿」はエイプリルフールのこと。うんうんとうなずいたらどうも首が重いと感じたという、ちょっと腑抜けたばかばかしさのある句です。2句目は、誰かまたは自分の飼い犬が、リードに繋がれたまま同じところで回り続けている、なぜかと思ったら花(桜)が咲いている昼だからか、と気づくような情景です。2句目単体でもう少し解釈することもできますが、ここでは文脈を意識するため、これ以上の鑑賞は後においておきます。
ここで考えてみたいのは、1句目を読んだときと読んでいなかった時、2句目の印象は大きく違うのではないか、ということです。2句をつなげて読んでいる今、「花の昼」にはどのような印象を持ちますか? 犬はどんな心境だと思いますか?
おそらく多くの方が、春の日差しを受けて桜が満開に咲き乱れる明るい風景を思い浮かべたのではないでしょうか。そしてその春の陽気を犬も大いに楽しみ、くるくると小躍りしているような感じがするでしょう。
では、一旦ここまでのことを忘れて2句目だけを考えてみましょう。そんな無理な話……と思わず……。
犬十数回転花の昼なれば
先ほどのような肯定的な読み方が、確定的ではなくなったと感じられませんか? 少なくとも、よりニュートラルな情報だけ、つまり犬がぐるぐると回っている、それが花の咲いている昼である。そこまでしかわかりません。「数十回転」という無機質なワードのチョイスからは、犬が機械のように――狂ったように――回っているさまを描きたいと考えられるかもしれません。
このように、句を連続させると、句と句の間に文脈が生じて、前後の句の意味の把握にも影響をおよぼすことがあります。当然、連作を作る側はこのような句と句の関係性を意識しながら順序や配置を検討します。より広くまとめれば、句を複数並べることによって、句の新たな解釈が可能になったり、情景がより明瞭に伝わるようになったりする。これを実現するため「特別な味わいを出そう」という努力が行われるわけです。
以上、辞書の記述に従って、連作の特徴を考えてきました。つまり俳句の連作は「一人」かつ「主題」かつ「特別な味わいを出そうとしている」ですが、最も重要なのは、最後に挙げた俳句同士の連なりによって生み出される、新たな雰囲気や読解ということになるでしょう。
連作鑑賞のキーワードは「回転寿司」「ブラタモリ」「展覧会」!?
ここまでは、「連作」というものの持っている特徴について詳しく見てきました。思っていたより難しいな、と思われた方ももしかするといらっしゃるかもしれませんが、まずはご安心ください。読むときに、上に挙げたような特徴のすべてを意識する必要は、必ずしもないのです。続いては、連作の読み方つまり鑑賞の仕方をご紹介します。キーワードは「回転寿司」「ブラタモリ」「個展」です。
回転寿司読み
難易度:★☆☆☆☆
日本文化や技術の粋を集めた回転寿司店は、時代を越えて人気ですよね。最初にご紹介する「回転寿司読み」は、回る寿司屋のシートに座って好きな寿司をつまむようにして鑑賞する方法です。シンプルなので、初めて連作を読む方にとっても、わかりやすいと思います。
要は拾い読みのようなものですが、筆者が「回転寿司読み」と命名したくなった理由は、もうおわかりでしょう。好きなもの、面白いと思うだけを選んで鑑賞し、それ以外のものはお見送りするというのが、回転寿司屋での挙動にそっくりだからです。まず重きをおいてお伝えしたいのは、連作だから、すべてをじっくり読まなければならない、ということはないということです。俳句を読むことは、あくまでも趣味、いわば好き好んですることですから、義務感に駆られるのはマイナスです。好きな句に出会えたらラッキー! くらいの軽い気持ちで読んでいきましょう。
回転寿司読みは、月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号 『うつら』を読む〈後編〉で若洲至が実践しています。全ての句から何かを読み取るというよりは、深い関心を持った数句について読みを深めることも、連作の読み方の大切な一つですし、1句ずつを丹念に読むという姿勢は、どのような読み方であっても必要になります。
ブラタモリ読み
難易度:★★☆☆☆
今や国民的と評される某番組のタイトルをそのまま拝借しておりますが、どんな読み方なのか、まずは下のリストを見てみましょう。
全ての俳句のことを十分に考えて理解するのは、俳句を日常的に作っている人にとっても結構難しいことです。そんな時、詳しいことは置いておきながら全体の雰囲気を大切にして読む方法が、このブラタモリ読みです。
筆者自身だいぶん前からブラタモリを見ていますが、あの番組に出てくる学術的な情報のレベルはかなり高いですよね。それに加えタモリさんの知識量や幅が凄まじいので、専門家とタモリさんの間で番組が進行し、出演するアナウンサーが独り置いてけぼりにされる様子がしばしば見受けられます。もちろん筆者含め視聴者も置いていかれるので、大概の場合は、知識系の話に「へぇー」と相づちを打ちながら、キレイな場所やダイナミックな風景を視覚的に楽しむことになりますよね。
それでも、タモリさんたちが楽しそうに歩いて、今まで知らなかった場所や知識が少しでも得られた街だと、今度旅行に行くときの目的地の候補にしたくなったりします。本腰を入れて勉強する必要がなく、いわば「雰囲気視聴」していたとしても、見る人を楽しませることができるのが、あの番組の素晴らしいところだと思うのです。
同じように俳句の連作も、読んで全てをつかみ取ろうとする必要は一切ありません。流し読みで俳句の持っている雰囲気をなんとなく感じながら読み進め、なにか共感できそうだと思った句があれば、どうしてそれに心惹かれたのかを考える、こうした「主観的」にも思われる見方も、連作の読み方の間違いない一つの正解ですし、何なら句から雰囲気をつかみ取れるのもレベルの高いことだと思います。
まずは、知らない街をあるきながら、きれいだな、いいなと感じればいいくらいのテンションで読み始めてみてください!
展覧会読み
難易度:★★★★☆
この読み方は、今回紹介する中では最も時間や労力がかかります。特徴は、1句ずつ理解に努めていくことと、作者について考えることです。これらを意識するだけで俳句に対する理解はかなり深まるので、ぜひ時間があるときに試していただきたいです。
1句ずつの読み方は、基本的に回転寿司読みのときと同じです。しかしその際好き嫌いだけではなく、季語の意味や言葉の意味を一つずつ確認しながら解釈を生み出そうと心がけることが大切です。
上で、〈犬十数回転花の昼なれば〉という句を取り上げました。前の句の影響を考慮した場合とそうでない場合では、読みに若干の差が発生しましたね。こうした「情景は共通しているけれど、醸し出される雰囲気が複数通りある」という句もあります。だから、同じ俳句を読んでいても、読み手の気分によって全く異なる感慨を持つこともあるでしょう。自分ひとりでもいろいろな解釈や読み方を試してみて、自分にあった鑑賞の仕方を探してみましょう。
その際に、この読み方のもう一つの特徴として挙げた、「作者について考える」ということが生きてきます。次の句をもとに考えてみましょう。
鶏頭の十四五本もありぬべし 正岡子規
近代俳句の礎を築いたとも言われる正岡子規の句です。直訳すれば「鶏頭が(きっと)14~15本もあるのだろう」となります。鶏頭は花の形が特徴的な植物です。形がはっきりしている植物なので、数えればちゃんと本数はわかるはずなのに、どうして子規は本数を曖昧にした上、さらに断定を避けたのでしょうか? この読み方からは、作者と鶏頭の間に少し距離がありそうだと推測できそうですね。鶏頭を手で選り分けるほど近くにはいないのです。
実はこの俳句は、晩年大病を患った子規が、病床で庭の鶏頭を見て詠んだ句と言われています。病床にあっても俳句を読むことを止めなかった子規の姿と、燃えるような鶏頭の色合いを重ねて読むことが、作者の背景を知るとできるようになるのです。
もっとも、俳句そのものの表現のみで作品が完結しているものもありますし、読み手としてもそこで完結させるべきだという意見もあります。ただ、背景を知ってしまうとそれなしに読むことはできなくなりますし、背景を踏まえることで、さらに俳句の中の言葉の深みを考えるヒントが得られることもあります。ゑひ[酔]では、可能な範囲で俳句の周辺にあるストーリーも含めて読むことを良しとしたいと考えています。
最後に、この読み方を展覧会読みと命名したのは、絵の前で立ち止まりながら、必要に応じて解説文を読んだり、さらに気になったら図録を買ったり調べたりする、美術館や博物館を訪れた時の頭の動きに似ていると感じたからです。連作は少なくとも10句程度がまとめられているので、小さな展覧会を訪れるときのように、時間をかけながらじっくり読んでみてください。
以上3つの読み方を紹介してきましたが、いかがだったでしょうか? 難易度順に並べていますが、どの読み方が正しいとか、望ましいということは全くありません。俳句はあくまで作品であって、それを楽しむ方法は、完全に読み手に委ねられています。まずは連作を難しいものだと捉えず、好きな句をや興味を引く句を見つける機会として、ぜひ活用してみてください!
さらなる深みへ
もっと深く理解したい、という方は、展覧会読みのときに探す周辺情報を広げて、作者の書いた文章やコメントなどを読んでみましょう。ここまで行くともはや文学研究です☺。興味のある方は読んだ連作の作者の作り方を真似して俳句を作ってみる、なども良いかもしれませんね。
連作を作るときのポイント
ここまで理解して、連作っていろいろなことに気をつけないと作ってはいけないのかな、と不安に思われた方もいらっしゃるかもしれません。確かに、俳句の世界で多く行われている俳句賞で受賞するような作品を作ろうと思ったらかなりの労力なのですが、日頃作った句をちょっとかっこよくまとめてみたい! というときにも、連作という形が役に立ちます。
連作を作る時のコツをいくつかまとめましたので、作りたい! 作らないといけない……、そんな方はぜひ参考にしてみてください!
これらのポイントは作る時に考える/気をつける順番に並んでいます。以下、この順序で一つずつ説明していきます。
季節や並べる俳句の数を早めに決めよう
このページの一番最初で、「連作」の特徴には「テーマ性」があるということに触れました。最初にご紹介するこのポイントは、そのテーマに関わる重要な部分です。
連作が、ただ闇雲な俳句の連なりでないことは既におわかりいただけたと思います。テーマや統一性は、少なくとも一定程度必要になります。そのもっとも大きな枠が「季節」そして「並べる俳句の数」です。
もっとも、連作を作らないといけない時は、大概賞に応募するときや雑誌に俳句を送る時になると思います。そういったときには多くの場合句数の指定がありますし、まれに季節にもルールが設けられている場合があります。そのときにはそれらのルールに従って連作を作っていくことになります。
季節に関する暗黙の決まりごととして、下記のようなものがあります。
- 俳句は基本的に季節の順番に並べる
- 雑誌の場合、前の投稿日から今回の投稿日までの間の季節で作ること
(例1)季刊雑誌で6月15日投稿締切の場合:3月中旬(仲春)から6月中旬(仲夏)まで
(例2)月刊雑誌で6月15日投稿締切の場合:5月中旬(初夏)から6月中旬(仲夏)まで
なお、少し先の季節の季語が入ってしまうことは許容される場合が多いですが、前の季節のものが混在することには否定的な意見が大勢です。 - 年に1回締め切りが来る賞のための連作の場合、1年がちょうど一巡するような構成にする
なお、作品の起点をどこにするかは、作者に委ねられています。
実際に作品の中に位置づける時の注意点は後々のポイントの中で紹介しますが、この枠が決まっていないと、何から始めて良いかわからなくなりますので、まずは「どんな季節の句を、どのように、どれくらい並べるのか」を把握して押さえておきましょう。
全体を設計してから作ろう
たくさんの句を作らないといけない……、と思って、さて1句目から作るか、と取り掛かりはじめてはいけません。長い文章を書くときにも、まずはテーマと構成を決めますよね。それと同じように、構成を先に決めておくことで、どんな句がどれくらいいるのかがわかります。
1年の句をまとめる30句の連作を作るときを例に取ってみましょう。筆者の場合、次のような計算をします。
- 30÷4=7あまり2 / 7÷3=2あまり1
つまり、30句をバランスよく四季に割り振ったら、季節ごとに7から8句必要で、ひと月はおよそ2句であるということを確認するわけです。ここまでやっておけば、過去に作った句を自分の句帳から探し出すときも、リストから引っ張り出すときも、闇雲な探し方をしなくて良くなります。さらに、何らかの理由で俳句が少ない時期があったら、あとでそこは増やす必要があるな、という見通しも立ちやすくなります。
似通った句に注意しよう
過去の俳句を探してそれらを規定数になるように並べたら、一応机の上には連作ができている状態になりますね。このときに注意が必要なことがあります。次の例を見てみましょう。
空港の椅子に笠置く春日かな
月刊俳句ゑひ卯月(4月)号『無題1』(若洲至)の冒頭
知らざるや鶯餅にある尻を
隣家にムスカリのある寒さかな
(後略)
1句目と3句目に「かな」で終わる句がありますね。さらに、それらは「空港の」「隣家に」と、最初の5音が似た構成になっています。こうした2句が近くにあることは、本来望ましくありません。
長い連作なら仕方ないこともありますが、同じ連作の中で同じ「切れ字」や「季語」、もっと気をつける場合は「季語の分類(天文・行事など)」も、重なることはできれば避けたいことです。同じようなものが連作に入り込むことは、作者の幅の狭さを間接的に伝えることになってしまうからです。特に賞に応募するときに、もったいないミスになりやすい点ですので注意が必要です。バランスの良さや全体への目配りの力が必要になると言えるでしょう。
季語の季節に注意して並べよう
最後は季節の順番に関するポイントです。
大前提として、一つの連作の中では、季節が一直線に進んでいくものとされています。この際「季節」は、歳時記における季節の分類に従います。簡易的な歳時記には四季の分類のみが掲載されていますが、大きなものだと「初春」「仲春」「晩春」のように、季節の中が3つに分かれているもの(事実上の1ヶ月単位)もあります。また、二十四節気(夏至・節分など)や行事(彼岸・クリスマスなど)などの、暦に密接に関わる季語を使う場合には、特別の注意が必要です。
例えば次の季語を順番に並べるとどうなるでしょうか?
<夏の夜・桜蘂降る・梅雨・立夏・愛鳥週間>
正解は次のとおりです。
<桜蘂降る(春)・立夏(5月6日頃)・愛鳥週間(5月10日から16日)・梅雨(仲夏)/夏の夜(どこでもいい)>
日付まで決まっている季語には、二十四節気や七十二候の他、忌日(著名人の亡くなった日)の季語などがありますので、注意が必要です。それ以外は原則歳時記の表記に従えばOK。では「夏の夜」は? これはいわゆる三夏(夏ならいつでも使う季語)の季語なので、どこに配置しても問題ありません。
ここで言う季節の並びでは「個人的な経験」よりも「俳句界のルール」が優先される、という点がポイントです。俳句を作った順序や、自分が実世界で見た順序を大事にしすぎると、作品が個人的なものになりやすいです。個人的な作品として仕上げるときはそれで全く問題ありませんが、賞に応募するときなど、公的な場に出す時には少し意識しておくと良いと思います(なお、地方によって植物の時期などが若干ずれることは許容されます)。
以上、連作を作る上でのポイントについてまとめました。より詳細な「連作の作り方」のような記事は、もしこちらの記事が好評だったら書くかもしれませんので、ぜひ大いに役立ててくださいね!
まとめ:連作の世界を楽しもう!
ここまで、俳句の連作をさまざまな側面から解説してきました。まずは読み手として、連作から感じられる「特別な味わい」を読み取りながら、好きな句に出会うとても良い機会として、今回の記事を参考に、ぜひ連作の鑑賞に挑戦してみてください!
参考資料
京都大学貴重資料デジタルアーカイブ京都大学所蔵資料でたどる文学史年表: 連歌(https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00006586/explanation/renga)
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